大判例

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東京家庭裁判所 昭和30年(家)12752号 審判 1956年2月20日

申立人 中田富子(仮名)

主文

記載錯誤につき

本籍東京都○○区○○町○丁目○○○○番地、筆頭者中田かよの戸籍中、養女さち子の父母欄中父亡偶田太郎とある記載を抹消する

本籍埼玉県○○市○○○○○○○番地、筆頭者偶田与助の戸籍中、除籍された孫さち子の父母欄中父偶田太郎とある記載を抹消する

ことを許可する。

理由

一、申立人の申立の要旨

申立人は戸籍訂正の対象となつている中田さち子の実母であり、中田さち子は父偶田太郎、母中田富子間に昭和十七年三月○○日出生した長女として主文掲記の戸籍に登載せられているけれども、中田さち子の父は亡偶田太郎ではなく申立外の中田正雄という者であつて、右出生に際し申立人中田富子は偶田太郎と婚姻中にあつたので父を偶田太郎として虚構の出生届をしたため、その旨戸籍に登載せられたものであつて、その記載は真実に反するものであるから中田さち子の関係戸籍につき夫々父欄の抹消を求めるというのである。

二、当裁判所の認定した事実

各関係戸籍謄本の記載並に申立人本人その他関係人偶田政明、中田かよ、中田正雄、中田さち子の審問の結果及び家庭裁判所調査官の調査報告を参酌すれば、申立人は昭和十五年末頃から現在の夫である中田正雄(当事深沢正雄)と相思の間柄となり、翌十六年四月申立人が信州にて病気療養中の頃から両人間に肉体交渉が生じたが、当時申立人は勿論のこと、中田正雄も若年にて経済的その他の事情から到底両名の結婚生活を実現することは不可能であつたので、両人間の交渉も申立人が主文掲記の偶田太郎に嫁することになつたため昭和十六年八月を最後に断絶したものである。

申立人は同年九月下旬偶田太郎と挙式の上爾来事実上の夫婦として同棲し、翌昭和十七年二月○○日同人との間に婚姻届を了したものであるが、申立入が前述の如く昭和十六年四月より同年八月頃迄の内中田正雄と断続的に肉体関係があつたため偶田太郎と結婚後幾ばくもなくして中田正雄の子を懐姙していることを察知しそのため秘かにその母中田かよと共に前後策に苦慮していたが、遂に夫偶田太郎より右の事情を感知せられた結果、夫婦仲に破綻を生じ、これが離婚等紛争問題の解決しないうち昭和十七年三月○○日申立人は中田さち子を分娩したものである。しかし乍らその分娩は申立人が偶田太郎と事実上結婚してから二百日にも満たないものであり、従つて偶田太郎の子でないことは疑の余地がなかつたので、出生届も亦命名も何れも母方の手のみにてなされたものであるが出生子さち子は父母婚姻中に出生したため戸籍上は一応偶田太郎の子として登載せられたものである。而して申立人夫婦は昭和十九年二月○○日正式に協議離婚の届出をなすと共に、戸籍上もさち子を父でない偶田太郎より母の手に戻すため同年四月○○日形式上の親権者偶田太郎が中田さち子の代諾権者となり中田かよとの間に養子縁組がなされ、爾来中田さち子は偶田太郎と関係なく、専ら申立人の手にて養育せられてきたものである。

偶田太郎は申立人と離婚後昭和二十二年八月○○日病気にて死亡したものであるが、一方之より先き中田正雄は申立人と離別後外地にて生活していたが終戦によつて引揚げてきたところ、偶々申立人が偶田太郎と離婚し娘さち子と共に起居していたところから旧交を復活し、昭和二十四年七月十二日申立人と婚姻し、その後昭和二十九年五月長男を儲け現在においては中田さち子をも含め親子四名同居して生活しているものであつて右の事情に徹し中田さち子の実父は偶田太郎ではないことは確認されるから其の旨戸籍に登載せられていることは真実に反するものである。

三、法律的問題

本件戸籍訂正許可申立の適否について検討するに申立人の申立の要領は中田さち子の戸籍について、その父偶田太郎の記載の抹消を求めるというものであるから、戸籍訂正の結果、婚姻中妻の出生した子について、妻の夫と子の間の父子関係を否定することになり、従つてかかる戸籍訂正は嫡出否認の訴によるべきでないかの疑問が生ずるところである。しかし父子関係の否定について民法七七四条の嫡出否認の訴によるべきものとせられているのは嫡出の推定をうける子についてであつて、本件中田さち子は父母の婚姻成立の日である届出の日からは勿論のこと、事実上の結婚成立した昭和十六年九月下旬より起算しても二百日未満の間に出生した子であるから、民法七七二条により父偶田太郎の子として推定されぬものである。従つてその父との間の父子関係の否定には必ずしも嫡出否認の訴によるべき必要がないから、嫡出否認の訴によらなかつたとの点において違法はない。

次に本件申立は戸籍訂正の結果、親子関係の不存在という戸籍上、身分関係に重大なる影響を来たす場合であるから、戸籍法一一六条に則り判決によつて戸籍訂正をすべきであつて戸籍法一一三条によつて為された申立は不適法ではないかという点(従来の判例)が問題となろう。

しかし乍ら戸籍訂正につきその訂正事項が軽微にして親族相続法上の身分関係に重要な影響を及ぼさない場合に限り、戸籍法第一一三条による戸籍訂正が許され、しからざるものは戸籍法第一一六条によるべきであるとの点については法文上の明確な規定がなく、且戸籍の記載は身分関係を公証するにすぎないものであつて、身分関係を確定するものではないから戸籍訂正をするためにはその前提として常に身分関係を確定する必要はない。従つて判決にて身分関係を確定の上戸籍訂正すべき場合は判決によつて始めて身分関係の形成せられる事案、例えば婚姻、離婚、縁組、離縁、認知の各無効(これらの無効訴訟については確認訴訟説があるけれども形成訴訟と解する)及び取消、嫡出否認、民法第七七三条により父を定める場合等であつて、これらは判決の効果として始めて身分関係の変動乃至は設定を生じ、その結果戸籍訂正が為されることになる。尤も、婚姻、離婚、縁組、離縁の各取消の判決については戸籍法七五条、七七条、六九条、七三条に夫々戸籍届出の特別規定があるため戸籍法一一六条によるものでないけれども、その他の前掲事項は何れも戸籍訂正の一場合であつて、判決によつて始めて身分関係の変動確定が生じ、それにより戸籍訂正が為されるものであつて、戸籍法一一六条が補充的に働く場合であるが、その他は原則として戸籍法一一三条によつて戸籍訂正が為されるべきものと解する。又一歩を譲つて戸籍訂正に関しての従来の判例に従うとするも親子関係は自然的血縁関係という事実関係それ自体乃至は事実関係の存在を前提としているものであるから、仮令親子として戸籍に登載せられ又判決にて親子関係の存在が確認せられても、若し自然的血縁関係が存在しないときは、これによつて親子となる筋合のものでない。即ち親子関係は事実関係であるから判決にて確定ができる筋合のものではない。(尤も縁組による養親子関係及び認知によつて親子関係が生ずるものとしている非嫡出子については親子関係の存否の争は縁組或は認知の存否、有効、無効という争であつて、これは法律関係の存否に関するものであるから、これに基因する戸籍訂正は判決によつて確定されるべきこと前述したところである。)これと反対に自然的血縁関係という事実関係さえあれば、仮りに戸籍に登載せられず又判決にて親子関係の存在が確定されなくても親子は親子である。若し親子関係を法律関係と解すれば、一度判決にてその存否確認の判断があれば、それが真実と相違していても判決の既判力として再審事由のない限り、戸籍の訂正が不可能となるという不合理な結果になる。或いは又親子関係存否についての確認判決には既判力が生じないというのであれば戸籍訂正をするためにはこれが確認判決を得る迄の必要はない。

蓋し戸籍の記載は真実に合致すべきよう常に訂正せられるべきものであるから、この意味においても戸籍訂正はそれが誤りであれば更に後日変更訂正の許される審判手続にてなされるべきである。

之に加える親子関係の不存在に関する事項(人事訴訟手続法二条三項の適用ある縁組認知の無効取消等の場合を除く)について戸籍訂正をするには常に親子関係不存在確認の判決を必要とするときは、戸籍上の親又は子の一方の死亡後は訴訟の提起が不可能となるから戸籍訂正の方法がないという結果になる。従つて従来からこの点につき戸籍訂正の不可能は己むを得ないものとし、唯個々の権利関係につき(例えば相続とか、遺族年金等の請求について)親子関係の存否を主張してその権利の救済を求めるべきであるとする裁判例もあるけれども、一方これがための救済として戸籍上の父母一方の死亡後は生存者を当事者とし(最高裁判例)、父母双方又は子死亡後は検察官を相手方として、それぞれ戸籍上の親子として登載せられている者との間の親子関係不存在確認の訴を提起することができるとか、或は実親が原告となり子を相手方として(又はその反対)戸籍上の亡親とその子との間の親子関係不存在確認を求めるとか、又は関係親族を相手方として親族関係不存在確認の訴(例えば戸籍上の親が死亡したため、その亡親の真実の子と戸籍上だけの子との間の兄弟関係不存在確認の訴)を提起するという方法により、更には実の親が実の子を相手方として(又はその反対)積極的に親子関係の確認を求める訴の提起が許される等種々説かれるところであるが、判決にて親子という身分関係の不存在を確定するとは直接それによつて訴訟当事者間の親子関係の不存在を確定する種のものでなければならぬから、兄弟関係の存否とかその他親族関係の存否確定により本来の親子関係の不存在を間接に推定できるにすぎないものとか、又は当該戸籍の訂正せられるべき者を当事者としない判決によつての戸籍訂正は許されるべき筋合でない。しかし、既にかかる判決にて戸籍訂正が許されるとすれば、これらの判決は戸籍訂正の一証拠にすぎないのであつて、これは戸籍法一一六条により判決にて戸籍訂正をしているのではないのである。

又検察官を被告として訴を提起することができるということについては、人事訴訟手続法に何等の規定はなく、且人事訴訟手続法二条三項の準用されるのは身分関係についての形成訴訟の場合だけであつて、親子関係不存在確認の如き確認訴訟には準用されるべきでない。即ちそれは例えば離婚の取消というような身分関係の形成については当事者の死亡によつてそのまま放置できるものでなく、何等かの結末をつける必要があるから検察官を相手方とするということも必要ではあるが、確認訴訟においては、確認の利益の対立する生存している関係当事者間において即時確定の利益のある事項について判決を求めれば足るから敢て死亡者の代理人又は後継人を当事者として訴の提起を認める必要はないからである。加えるに検察官を当事者とする訴訟は所謂形式的訴訟であつて、権利義務関係の存否の確認という実質的訴訟ではないから、敢てこれが審理は判決手続のような訴訟形態をとるの要はなく、決定手続或は審判手続でよいのである。蓋し判決手続と、決定手続、審判手続の差は審理が公開されるか否かであつて決定手続、審判手続であるからとてその審理は慎重でなくてよいというのではない。且対審判決公開の憲法上の要請は権利義務関係の存否の確認という実質的の裁判についてであつて、戸籍訂正のための裁判の如きは実質的の裁判でないから審理公開の必要がないからである。従つて戸籍訂正のための訴については形式的訴訟の形態をとる実益はないから検察官を相手方として訴の提起を認めることは結局後述する国、市町村、又はその長を被告とする戸籍訂正の訴と同様に戸籍法一一三条により戸籍訂正をすべきであるということに帰着する。更に戸籍訂正の訴ということが戸籍法一一六条の予定するところであるとの見解も考えられるがこの訴において何誰を被告とすべきかの疑問が生ずる。この点につき旧民法当時戸主を被告とすべしとの見解もあつたが、新法下においては、それを筆頭者と解するも亦世帯主と解するもこれらの者に他人のため戸籍訂正を為すべき義務があると謂い難く、又筆頭者、世帯主において任意戸籍訂正ができる筋合のものでないから、かかる訴は不適法であろう、又戸籍訂正の訴の被告は国、市町村又はこれらの長を形式的被告にすべきものであるということも考えられないこともないが、法文上これについての規定がないだけでなく、形式的被告を設けることは国に対して形成保護を求めるということであつて、家事審判法所定の審判事項に該当する場合であるから、前述の如く敢て公開の訴訟判決による必要はなく、従つてかかる見解は畢竟戸籍訂正は戸籍法一一三条の審判手続によるべしと謂うことに帰着することになる。

惟うに従来の判決例において親子関係不存在の確認等身分関係に重大な影響を及ぼすものは戸籍法一一六条によるべしとしたのは旧裁判所構成法当時の戸籍訂正は区裁判所の非訟事件として処理せられ、区裁判所における非訟事件の処理の事情は裁判官の人員配置如何によつては、裁判官が訴訟事件に専念して、非訟事件を等閑視したため広く身分上重大な影響のある戸籍訂正については裁判官の直接審理に当らしめるため、これを訴訟事項とする必要があつたであろうけれども、家事審判法施行以後は戸籍法一一三条による戸籍訂正許可申立事件は審判事項となり、殊に家庭裁判所開設後の審判手続の実情は従来の非訟事件のような取扱をしないのみならず、殊に戸籍法一一三条による戸籍訂正も、戸籍法一一六条による戸籍訂正従つて当事者間に争のないため(多くの場合は争はない、それというのは専ら客観的な事実関係に基くものであつて、法律関係の如く意思表示を前提としないからである)家事審判法二三条に依る戸籍訂正も、その審判形式には差があつても、その審理手続の実質については何等の差はないから、身分関係に重大な影響を及ぼす戸籍訂正について戸籍法一一六条によるべしとする範囲必要は滅少したわけである。

右の次第につき何れの点よりするも本件申立は不適法とはなし難く且又、理由があるから、これが訂正を許可すべきものとして主文の如く審判する。

(家事審判官 村崎満)

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